大学病院で救命科看護師をしていましたが精神科病院に入院し退院後2ヶ月半で他院の救命科看護師に。その後、閉鎖病棟(精神科救急)保護室退室後16時間で救命科看護師に復職、スーパー救急モニター個室退院後に慢性期総合内科への異動を経験し、再度救命の現場に戻ってきました。この大切な日々をもう私から手放したりはしない…!

瀉血/OD(卒業)/リスカアムカレグカ(卒業)/ときどき摂食風味
信頼する主治医さんの専門は薬物依存(主に違法薬物)と司法精神医療。一時ダニエル(女医)が主治医でした
“非日常”が“日常”だったあの時

入院中はご飯食べてからゆるっと起きて、洗面して…本読んだりナンプレしたりという生活。

スマホが持ち込めなかったから、SNSからは離れていてね。当然お仕事もなくて。自分と向き合って日記書いたり、紙にアナログで呟いたり。そーんなしなきゃいけないことのない時を過ごしておりました。

それを入院中に一度日常、と思ったことがあってね。すぐにそれは日常ではない、あくまで入院中の日常だと思ったけれど、でも間違いなくそれを日常と思った時があるのです。

 

そんなの、娑婆に出たら当たり前の如く“非日常”

あれが日常だった時は、本当に特異な時期でした。笑

 

今はもういつもの日常にも慣れ、仕事もね、新たな部署で慣れてきてね。穏やかに穏やかにあの時のことを思い出したりしています。

あの時考えたこと、一つずつ熟せているのよ。独り暮らしの再開や、勤務後の(簡単な)お菓子作りなど。

うん、自分を認めて、一歩一歩進んでいきましょう。

 

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20:38 入院生活 comments(0)
精神科病棟といって思い出すのは

保護室エリアの無機質さ

 

あの無機質さを何も心を乱すものがないとそう表現してほしいのでしょうか。でも、その“何もなさ”が私は虚しさや虚無感など、マイナスな感情を生み出して心を乱しました。

一般病床と保護室エリアは入り口からして違います。一般病棟に入院していては保護室を見ることさえできない構造になっています。(直近入院先は同じでしたが)

 

出る時はいい、明るい世界に出ていたから。それでも所詮出る先は娑婆ではありません。出た先がようやく閉鎖病棟。塀の内側です。

開放を経験していても、閉鎖病棟のモニター個室を経験していても、一番自由を感じられたのは閉鎖病棟内(保護室エリア外)です。

 

閉鎖病棟から保護室に戻るときのあの無機質さは今思い出しても、とても辛いものです。あぁ、戻ってきたんだなぁって。

それは、私の開放の時にしたことに対する制限でもあります。だから他患が怖い。私の言動で容易に影響されてしまう人々だから、入院患者は。

 

それが今では心的外傷です。

いわゆるトラウマ。ただ、入院環境下に置かれることがデフォルトではないのでPTSDとまではいきませんが。

日常生活に影響のないトラウマです、笑っちゃうよね。だから私はトラウマとはずっと気付いていなかったのです。

 

開放にいたときは娑婆が怖くなかったのに、保護室に、そして閉鎖に入院した時は娑婆が怖くて怖くてたまらなかった。

ねぇ、娑婆が怖いと、貴女はそう感じたことはありませんか?

 

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15:17 入院生活 comments(0)
忘れたくても

開放病棟でオールフリーで入院するくらい優等生だったことも、保護室から出してもらえないくらいの状態だったことも、精神科救急のモニター個室である程度の自由と治療のための自己判断が求められて1ヶ月近く入院していたことも
忘れたことはないし、今後忘れることもないと思う

 

強制退院まがいなことも、それでもいいから助けてほしい・守ってほしいと思えていたことも、ベドコンで最後まで移床出来ないくらいの状況だったことも、治療のために入院延長をしたことも

入院中に行ったカフェも、わずかな時間でみたテレビが同じ内容しか放送していなかったことも、保護室エリアのあの無機質さも、閉鎖病棟さえ自由を感じることが出来たことも、その中で穏やかに過ごしたあの日々が間違いなく“日常”であったことも、いつもなら見ないテレビを食い入るように見ていたことも、他患が怖かったことも

忘れる時なんて来ない

 

私はいつか元気に健常者になれるのだろうか。

いつか、入院とは無縁なそんな人間になれるのだろうか

 

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15:02 入院生活 comments(0)
成人、おめでとう

直近入院の時、少しだけお話しした入院当初お隣のお部屋だった摂食の少女。

たしか今年成人式だったはず。

成人式を入院中に迎えるか、退院できるか…そんな感じだったはずだけど、それも明日か明後日に迫っているね。

彼女はNGも抜けて(まさか再挿入にはなっていないでしょう)、どんな格好で当日を迎えるのでしょうか…

 

成人、おめでとう。

 

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19:46 入院生活 comments(0)
本日ENT(3/10,-,-)早

ENTおめでとう✨

入眠はできたもののドキドキしちゃって6時の消灯の後自然に起きて再入眠できず、起床です。でも、最後の夜は静かでよく眠れましたよ◎

でもいまだに不思議なのは、皆目覚ましなしでどうやって起きているの??電気付いたら起きれるの?もう本当謎。笑

 

副主任さんは早出でしたので、おはよ、と配膳に来てくれました。10:30と言ったら知ってる、と。速攻情報収集してくれたって言ってくれたの。うれしいねぇ、ありがとう。

深夜の看護師さんにもお礼をば。食後薬持ってきてくれたNs.さんには、お世話になりました、といったら『こちらこそ』と言っていただきまして。とても優秀だと(勝手に)思っている看護師さんにもお化粧した状態で会えたのでお世話になりましたって言ったら『何急にしおらしい〜』と言われましてね。急にって何よーとちょっと話しておりました♡笑

他患とはあまり話しませんでしたが、少し話していた摂食の少女にも会えて一応ENTは伝えられました。良かった…のかな。

 

そして本日はMP2日目。お腹がいたくて、でも疼痛時指示がないのは知っていたので看護師判断での持参のロキソニン内服を許可してもらいました。尽力してくれた病棟師長さん、ありがとう♪笑 本当さいごまで迷惑をかけまくった患者でした、反省。

ダニエルも、明日出勤して(本日休み)外来終わってメール見たら、その中にENT後のPt.の持参薬使用の事後承認を求めるメールが2通も入ってて絶対『はっ?』ってなるやろな←

 

副主任さんは配膳後も気にかけて来てくれてお話をば。ワックス掛けの日がENTとかwって言われて、知ってた?って聞いたら知ってた、と。なら教えてよーと言ったけど、『え、でも知ってたら(ENT日)変えてた?』と。その通り、別に変えない。最後にワックス臭いのは切なかったけどね!!!!笑

話してたら受け持ちさんが来てくれてお金払いに。それから戻ってきたらワックスがけのためベッドやらクローゼットやら床頭台が廊下に出されていたため、廊下でpackingをば。

副主任さんはなんやら面談室にいてね。だらだらわざと引き延ばしてたけど、ナースステーション戻ってしまったから、副主任さんへのお手紙は病棟の方々へのに続き、受け持ちさんに渡しました。そしてトボトボと帰宅。偶然ですが、左右の病室の方々が病棟出入り口にいたのでお見送りをしていただきました、感謝です◎

 

でも、副主任さんに最後に会いたいと未練があってね。忙しいから仕方ないと自分も看護師だから思っていたけど、約束破るような人じゃないし、駐車場の場所も伝えていたし…とゆっくりゆっくり歩き、チラチラチラチラ後ろを振り返ると…

いたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!(●´ω`●)

来てくれないのかと思った、とついつい言ってしまった。『今日の受け持ちさんに声かけて、って言ったのにかけてくれないんだもん』と。『キツく当たっちゃった(笑)』と。『声かけてって言ったじゃん!!!って』ってさ。

車までキャリーバック運んでくれて、車のトランクに入れてくれて。車は『アルファロメオじゃん!』と。知ってるの?と言ったら『知ってるよ!』と。ふふ、嬉しいね。

 

『無理すんなよ。母とは無理に対立しようとするな』って。うん、そうする。

『また28日は多分会議だから日勤帯います』って。病棟上がるねーって言っといた。お手紙、受け持ちさんに渡してあるから貰ってね、とも伝えまして。

『だらだら生きろよ』と。うん、生きるよ。

そして写真撮ってバイバイです。大切な大切な写真。辛いときにたまに見ています。

 

カウンセリングね、迷ってるって伝えてて。受けたほうがいいと思うって言ってくれてたからさ。だから、カウンセリングすることにしたよって最後にいったら『知ってる。今日早く出勤してみたもん』って。嬉しいね。

たくさんの人に支えられて、見守ってもらえた入院生活でした。

 

これからもたくさん大変なことあるだろうけど、生きられたらいいのかなって思っています。

 

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23:59 入院生活 comments(0)
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