大学病院で救命科看護師をしていましたが退職し精神科病院に初入院。その後、転職し働いていましたが閉鎖病棟(精神科救急)保護室&スーパー救急モニター個室に入院、慢性期総合内科への異動を経験し、救命の現場に戻ってきました。この大切な日々をもう私から手放したりはしない…!

瀉血/OD/リスカアムカレグカ/ときどき摂食風味
信頼する主治医さんの専門は薬物依存(主に違法薬物)と司法精神医療。一時ダニエル(女医)が主治医でした→転院しました。現在の主治医はハルちゃん♪
サポートナース

1年目に初めて看護師として就職した時、サポートナースさんが1年生1人1人につきました。

その時の先輩は3年目。とっても大きく見えて、何でも知っているように見えた3年目。

私もついに3年目になりましたが、あのサポートナースさんのようになれているでしょうか。彼女ももう医大を退職し、地元に戻ったと伝え聞いています。最後にまた会いたかった気もするけど、ね(*'ω'*)

 

幸いなことに現病院は、重症は本当にたくさん見させてもらえているので、あの時のサポートナースさんより自立して見ている疾患は多いと思います。

でも、そういうことじゃないんだよなぁ~笑

1年生から見て3年生はとても大きかった。

私もついにその学年になるのだなぁ。

私に1年生の子が付くわけではないけど、自分も改めて頑張らねば、と思う1日です。

 

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10:55 医大 comments(0)
久しぶりの元職場

今日の夜勤明けで、フォロワーさんのお見舞いに☆

私は前職在職中に一方的に親近感を持っていたので、バッチリバッチリ知っていたのだけれど、こうして話すのは初めて。

1時間半ほど、お話しさせていただきました♡

 

久しぶりの職場。

相変わらず大きくて綺麗で素敵な病院♡

あそこで働き続けられたら良かったのに、な。なーんて。

 

悔しさが込み上げた1日でもあったのです。

今でも思うのは、私の看護師としての基礎はあそこではぐくまれたということ。誰になんと言われようと、ね。

重症を見れるようになったのは間違いなく今の病院ですが。

基本的な看護技術を身に付け、全科対応できるように育ててもらったのは間違いなくあの病院なのです。

いろいろな思いが交錯する夜勤明けです。

 

主治医には連絡できず、明日の夜勤も予定通りに行います。もういっそ倒れてしまいたい。なーんて。そんなこと言ったらいけないね。

今度の火曜日の受診をするかどうかはまだ迷っています。病棟会、と言ってしまってもいいのかな、なーんて思うのです。

でも、主治医は心配なんてしないだろうな。少しは心配してくれてもいいのにな(-"-)

希死念慮なんてちっとも主治医さんに伝わらないんだもん。

いろいろと嫌になるお年頃です。

 

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17:23 医大 comments(0)
デパス

1年前の今日、私は医大の救外に搬送されました。本当は中勤だったね。

1年前の昨日、デパスを沢山もぐもぐごっくんしました。

1年前の今頃にはもう脱抑制が起こってまともな状況判断が出来ていなかった、きっとそんな時間。

 

あれからデパスは飲んでないです。

怖くなったから。

 

でも、ODもしてるしシャケもしてる

結局何も変われてはいないのです。

恐いと言っていたODすら、デパスじゃなければ大丈夫に戻っているのです。

 

情けない、ね。

医大を辞めたくはなかったよ

今でも医大は大好きだよ

 

だからね、もう繰り返さない。

そう誓う、12月6日

 

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02:19 医大 comments(0)
あれから1年

12月は医大で自傷がバレた月です。

その日付が刻々と近づいています。

何の因縁か、その日付に主治医さんの診察が入っています。私じゃないですよ、この日にしたのは。そもそも、この日が1週間に1回しかない主治医さんの外来の曜日だなんてもっと知りません。笑

 

救外の主治医と会って励まされたのは2/18

そして救外に運ばれた12/6

 

なぜだか忘れられない日として、私の中に在るのです。

 

※画像の写真はかかりつけ、下の言葉は救外の主治医さんの好きな言葉みたいです。

 私もこの言葉は共感するところがありまして。

 

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11:52 医大 comments(0)
救外の時の主治医

前職を辞めてから半年ほど自傷から離れていた期間があります。なぜなのかはわかりません。でも、救外の時の主治医さんが関係しているとは思うのです。

 

正直救外の事はほとんど覚えていません。

でも、一応メールも何度かして、退職の前に退職のご挨拶に行っています。

今からのお話はその時のことです。

 

病棟へ行き、事務の人にDr.を呼んで貰いました。ラウンジにいると伝え、Staff stationから離れました。5分ほどで来ると言われていましたが、来たのは15分後くらい。Dr.の言う5分が15分なんて日常茶飯事でしたし、私はほぼフリーターなので、ゆるゆると待っていました。

私の事なんてもう忘れている…と思いきやそうではなかったのです。ラウンジに来た途端、私の方にすぐ歩いてきて、『遅くなってしまってごめんなさい』と。

救外でお世話になってから3ヶ月弱経っています。糖内の患者ではありませんし、Dr.はあれから何度も救外に入っているでしょうし、患者の1人である私を覚えていてくれたというのは驚きでした。

自傷の件も、『もともとこうだからなんて言うなよーそんなこと言ったらどうしようもないじゃんかよー』と。主治医か!笑

 

転職先(現職)も、じつは当時(前職)の救命のドクターが4月から着任する事になっており…

それを話したところ、『むしろ○○先生で良かったじゃん』と。『優しいし詮索してこないから良かったじゃん。頼りにしろよ。なんかあったら。』と。優しいんです。

Hでまた頑張ること、いずれはICUに行きたいことも、応援してくれました。

 

『お前覚えてないかもしれないけど、あの時仕事戻りたいって言ってたじゃん?で、今仕事戻ったらどうなると思う?って聞いたんだよ。そしたら患者さんが危険だって言ったんだよ。おっ、わかってるじゃん、(病棟)帰って良いよって言いそうだったもん』と言われたときは震えました。そんな細々したやりとりまで覚えていてくれたんだ、と。

あともう一つ。でも私最初からこんなんじゃなかったですか?と聞いたら、『いや、最初会ったときテンション半分くらいやったで。お前覚えていないだろうけど。はいはい、はーい みたいな感じで語尾長っ!て思ったもんww』と。えぇもちろん覚えていません。そこまで覚えていてくれてるんだ、と本当に驚きました。

その後デパスODで入ってきた患者さんも、薬が抜けたら言われたような変化があり、複雑だったのは内緒です。

 

救外で1つだけ言われたことがありました。

車で帰るな、と。タクシーか親を呼ぶとなって、私はバスを選択しました、彼の前では。でも実際車で帰って院内の駐車場で自損したのです。ぶつけました。それを伝えたとき、『おまえー笑』って言われて、事故ったって言ったときは『はっ?もうーww』と。『最低限しか言わないんだから守れよー』と。

この時、Dr.の言うことは守らなくちゃいけないとそう思ったのです。仕事柄Dr.のことを疑う時は疑います。でも、患者となったらDr.を信じる、そう思うようになったのは、彼のこの言葉でした。

Dr.と事後にこうしてフランクに話す機会なんて殆どないですが、今回こうして話してとても良かったのはDr.の考えがわかったことです。

 

彼に最後に言われたのは、『なんかある前に休めよ。休めるだろ?』いやー、でも休めないですよ『え?なんでだ 自分がどうにかなる前に休まないと。患者1人くらい…どうにかなるって笑』

そうだった、患者1人くらいどうにかなる。どうにかなる前に休まないと、だった。

 

『お大事に。。。じゃないな、頑張れよ、無理しすぎるな』

 

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00:41 医大 comments(0)
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