大学病院で救命科看護師をしていましたが退職し精神科病院に初入院。その後、転職し働いていましたが閉鎖病棟(精神科救急)保護室&スーパー救急モニター個室に入院、慢性期総合内科への異動を経験し、救命の現場に戻ってきました。この大切な日々をもう私から手放したりはしない…!

瀉血/OD/リスカアムカ(再発)レグカ(卒業)/ときどき摂食風味
信頼する主治医さんの専門は薬物依存(主に違法薬物)と司法精神医療。一時ダニエル(女医)が主治医でした
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私たちが目指す“強さ”とは健常者のそれではない

強くなりたいとそう思う人は多いはず。私もずっとそう願ってきた。

一時的にメンタルが安定して健常者の“強さ”と同じように見える状態になることもある。でもそれは副主任さんのいう“もともとそんなメンタルしかなかった”状態でしかなくてね。

 

私の今の状態ももしかしたら寛解するときがあるとしてその時から見たらまだまだ強さではないかもしれない。でも、私が過去に手に入れたと思って失い続けた強さと今の状態は違う。

私が精神障害者なことは事実で、健常者の強さと同じものをなんて求めても、一般人がオリンピックでメダリストになろう!というくらい無茶な話。パラリンピックというfieldがあるじゃないか。

それと同じように。私たちが目指す強さは、健常者のそれと必ずしも同じでなくてもいいのではないでしょうか。

 

強くありたいと思う気持ちは捨てることも忘れることもない。

でも、それを諦めてしまう日があることを受け入れることも、強さではないだろうか。

“死にたい”、“死ねたら”とおもうことがあっても、行動化しないこと。それもまた強さではないだろうか。

特に後者は健常者の“強さ”に勝る強さではないだろうか。死にたいと思った時行動化しない強さは私たちにしかわからない“生きたい”の裏返し。

 

今の私は、強さの定義を変えることが強さへの1歩なのではないでしょうか。

生きるのは大変。でも、私には副主任さんがいてくれるから良いのです。

生きましょう、今日も。生きるだけで充分なのです。

 

そう言い聞かせないと危うい儚さはまだまだ持ち合わせています

 

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18:27 日常 comments(2)
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おひさしぶりです、あきです。
「強さの定義を変えることが強さへの1歩」、とても共感しました。人と人が違うように、強さの形は人の数だけ存在すると思います。私も自分の中にある強さをだしていこう!と励まされました。
あき 2018/09/07 22:35
あきさん、お久しぶりです♪
そして、コメントありがとうございます!!
記事に共感して頂けてとても嬉しいです&#9825;自分の“強さ”を見つけて“強く”生きていきましょう(●´ω`●)
(o;ω;o) 2018/09/08 16:47

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