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私は自分が死ねるだけの勇気があるとは今のところ思えません。
死ぬ勇気があったら…そう思う日は少なくありません。
私は臆病だから、もっとたくさんの抱えきれない絶望に塗れたって死ぬのが怖くって死を目前にしてもきっと立ち竦むでしょう。
死ぬときは、飛び降り。その気持ちに変わりはありません。
救急外来なんてところに勤めていて、死に方なんて他の多くの人よりたくさんたくさん知っているけれど、私は飛び降りを選択します。
小さい時の記憶。ピアノを練習しなかった私を母はベランダに出しました。小学校入学前の出来事だったと記憶しています。当時は知識がなくてどうなるかわからなかったから、ベランダから出たかった私は飛び降りて玄関から家に帰ろうと思ったのです。でもいい子ちゃんの私は、『母は私をベランダに出したのだから私が勝手に抜け出して玄関から入ったところで許してくれない』とそう思うのです。
でもね、あのとき飛び降りていたら何か変わったのではないか。その思いはずっとずっと私の中にあるのです。
だからね。
死ぬときは飛び降りが良いのです。あの時出来なかったジャンプを今度こそ…。
そしてね、死ぬって大変なことです。だって私たちは救命の方法をたくさん知っている。どんな死に方に対しても。
だから死ねないことも考えている。それは救命科看護師としてのプライド。どんな患者も簡単に死なせはしない。
でもね、もし死ねなくてもね。飛び降りたら何かが変わるんじゃないかってそう思うのです。
だから、私は死ぬときは飛び降りを選択します。
脊損が怖くてもっと確実に近い死に方を選択しようと思っていた時もありますが、今は死に方は飛び降り一択と心に誓っています。
もし本当に死ねたら。
私の死を伝えてほしいのは、大学の時にお世話になった先生(当時准教授と当時助教)の2人と主治医さんと副主任さんで変わらないのです。
玲奈ちゃんやプライマリー鶴さんやシンゴ君、ハルちゃん、地活の看護師さんには副主任さんが伝えてくれるのでしょう?
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