大学病院で救命科看護師をしていましたが退職し精神科病院に初入院。その後、転職し働いていましたが閉鎖病棟(精神科救急)保護室&スーパー救急モニター個室に入院、慢性期総合内科への異動を経験し、救命の現場に戻ってきました。この大切な日々をもう私から手放したりはしない…!

瀉血/OD/リスカアムカレグカ/ときどき摂食風味
信頼する主治医さんの専門は薬物依存(主に違法薬物)と司法精神医療。一時ダニエル(女医)が主治医でした→転院しました。現在の主治医はハルちゃん♪
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ERが職場ではなく搬送先になるとき

ERにはよく出没します。でもそれは医療者側として。

今回は患者としての救急搬送だったようです。『ようです』という言い方なのは、意識障害での搬送だったから。意識レベルはJCS-100くらいなのかな。

アパートの近くで救急要請されていたら勤務先への救急搬送の可能性や、顔見知りの救急隊員による搬送…など懸念事項が盛り盛りとなる羽目になるところでしたが、なんとかハブ駅まで自力で?到達し、○○市消防にご厄介になりましたw

○○市消防は仕事上では1度しか関わったことがないのできっと今後もほとんどないでしょう。

どうやってそのハブ駅まで到達したかは全然わかりません。健忘もあるから今はもちろんですが、直後もわかっていなかったと。トホホ

意識障害といって身体科に投げても良かったのに救急要請を受け入れてくれた主治医さんに感謝を。主治医さんとしては身体科に投げたかったみたいだけどね()

当直だったのかなぁ、遅くまで対応してくれました。…直じゃないと思うんだよなぁ迷惑だけかけてたと思うんだよなぁ※後日談ですが、やはり直ではなかったそうです。夜診のある日なので、まぁ×曜日で良かったよぅと言っていただきました

でも、なにせ記憶がありません。ダメやわ(意識ないわ)wって言われた記憶しかありません←←←

 

今日わざわざここに記したのは私の恥をさらすだけのためでも、主治医さんとの覚えてもいないやり取りを書き記すためでもありません。

お姉ちゃんのことです。(もちろん血縁関係にはありませんよ!職場の先輩です)

意識障害なので、もちろん詳細なんて覚えていません。だからね、今思うことだけを純粋に記します。

覚えていないけれど、電話をして迎えに来てくれと言った私を迎えに来てくれた大切な大切な人です。

もう行くしかないんだと思った

と言ってくれたお姉ちゃんほど大切な人はいない。

母でもない血縁関係もないただの同僚の1人なのにね。

 

救急搬送されたら、病院から呼ばれたら家族は来院するのが当たり前だと思っていた。メンドクサイ患者と私が思っていた人たちと同じように私は家族を拒否した。そして来たのは同僚だった。

家族を拒否する人の気持ち。そして、来てくれた人の気持ち…

全てに寄り添える看護師になりたいなぁと思ったのよ。当たり前なんてどこにもなかった

そんなことに今さら気付く今日。

 

迎えに来てくれたお姉ちゃんとの会話。正直薬が入っていてどんどん忘れていく。ただでさえ覚えていないのに。

私はまだ年齢的にやり直せる。やりたいことがたくさんあってそれに対して努力が出来ていて素敵。そう思ってくれる人がいることが嬉しい。

救急が好きだ。それでいいじゃないか。

研究の道が向いていなくたって救急続けるのだって素敵な魅力的な選択肢じゃないか。

 

院試に向けて限界突破して仕事も失って院試の結果も芳しくない…そんなことが起こりかねません。なら、院試なんて諦めても良いのかもしれません。

そもそも、MHLWを目指したのは、救急を知る前です。

今、本当にMHLWに行きたいのか。本当にMasterdegreeが必要なのか。

考えれば考えるほどわからなくなるのです。

 

いろいろと考えさせてくれるお姉ちゃん。

○×△□の件で前に迷惑かけたから。護ってくれたから…と言うお姉ちゃん。私は彼女の見方であり続けたいとそう思うのです。

 

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